大分建設新聞

四方山

「和」の心

2026年02月16日
 立春を過ぎ、別府湾から吹き付ける風に、かすかな春の香りが混じるようになった。大分市の平和市民公園「武漢の森」では、白やピンクの梅がほころび始めている。今年の開花は平年より一週間ほど遅かったという。厳しい寒さを耐え抜いた末の、凛とした一歩である▼梅の美を説くならば、平安の才女・清少納言を引かぬわけにはいかない。『枕草子』で「紅梅は、花の色が濃く、枝にこまやかに咲いているのが、いみじうをかし(大変趣がある)」と絶賛した。まだ寒さの残る空気の中で、いち早く春の訪れを告げる梅の気品を、彼女はこよなく愛した▼だが、時代が下るにつれ、日本人の「花」の主役は桜へと移ろう。紀貫之は『古今和歌集』の序文において、散りゆく桜に人生の無常を重ねた。平安末期の西行法師は「願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ」と詠い、桜の下での往生を強く希求した。一気に咲き、一気に散る桜の華やかさは、日本人の死生観そのものとなっていった▼桜か梅か。俗な議論をたしなめるような言葉がある。「桜梅桃李」。桜は桜として、梅は梅として花を咲かせるから美しい。比較して競うのではなく、個を認め合う。別の言葉に置き換えれば寛容ということであろう。激しかった衆院選が終わり、立場の違いによる「断絶」の溝は、一段と深まったようにも感じられる▼思えば、元号の「令和」の出典は『万葉集』の「梅花の歌三十二首」の序文である。「初春の令月にして、気淑く風和ぎ……」。人々が身分の垣根を越え、梅を愛でながら宴を楽しむ、穏やかな光景を記したものだ。激動の時代だからこそ、梅のように耐え、桜のように他者と響き合う「和」の心を取り戻したい。武漢の森に漂う甘い香りを吸い込みながら、そんな思いが頭をよぎる。(熊)
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