災いを転じて福となす
2025年11月28日
「災いを転じて福となす」ということわざを地で行く体験をした人は案外多いのではなかろうか。長い人生、思い起こせば一つや二つはあるはずだ。もうかなり昔の、しかも取るに足らない私事だが、会社の先輩らと飲んで2次会のカラオケに行った時の事。酔って歌に合わせて踊りまくっていたとき、先輩の手が勢い余って当方の顔に当たり眼鏡が吹き飛んだ。眼鏡は壁にぶち当たってガシャンと割れた▼その時、とっさに出た言葉は「良かったです。買い替える踏ん切りがつきました」だったらしい。「らしい」というのは自分でもよく覚えていないから。別の先輩がずっと覚えていて「あの一言は素晴らしかった」と後々まで褒めてくれた。眼鏡を割った先輩を思いやった言葉と解釈してくれたらしい▼それも少しはあったのかもしれないが、「良かった」というのは本心からだった。古くなり、度も合っていない眼鏡だったが、お金のこともあり、買い替えそびれていたからだ。必要に迫られて新調した眼鏡は良く見えて、買い替えて良かったとつくづく思ったものだ。災いにあったことが転じて福(幸せ)になれたケースだった▼話は変わるが、最近、熱いものや冷たいものが歯にしみる。知覚過敏や歯周病のたぐいのようだが、歯医者に行っても簡単には治らないから厄介である。そこでこう考えることにした。熱いものや冷たいものは体には毒。だから神様が「冷たい物などは避けなさい」と口の中に感度の良いセンサーを付けてくれたのだ―。まさにこれは「災いを転じて福となす」ではないか…▼と無理やり自分に言い聞かせているが、どうしても熱々のラーメンやアイスクリームに手が伸びてしまってズキンとしみる。災いを転じて福となすためには少なからず努力も必要なようである。(マサ)




