恥
2025年11月27日
社会を震撼させた安倍晋三元首相銃撃事件。山上徹也被告の公判で妹が証言台に立った。「この人はもう母じゃない」。信仰する教団への献金で家計を壊し、子どもたちの進学の夢を奪った母親をそう難じながらも、「母の形をしているから突き放せなかった」と涙ながらに語った。悲痛な言葉だった。当の母親は一応の反省の弁を口にしたが「脱会」についての答えはなかった▼家族を犠牲にし、その末に未曽有の事件へと至ってもなお、信者であり続ける。米国の文化人類学者ルース・ベネディクトは、日本社会を「恥の文化」と表現した。世間の目が、行動を慎ませる力になるという指摘だ。だがその〝恥のブレーキ〟はすっかり摩耗したかのようだ▼何も山上被告の母親だけでない。静岡県伊東市では、学歴詐称で2度の不信任を受けた田久保真紀・前市長が「自分の強みはメンタルの強さ」と市長選への再出馬を宣言した。一連の騒動については「市が注目を浴びた。観光地なので、前向きな機会と捉えるべき」とご高説を披歴した。スポーツ紙は「ドヤ顔立候補」と皮肉った▼群馬県前橋市では、男性職員とのホテル通いが報じられた小川晶市長は「何もなかった」と粘りに粘ったものの、辞職に追い込まれた。それでも、出直し選への意欲を示しているという。沖縄県南城市では、複数の女性へのセクハラ問題で失職した古謝景春・前市長は、被害女性をウソつき呼ばわりし、日弁連に自身の人権救済を申し立てる意向を示した▼いずれもメンタルの強さは分かるが、法的責任の前にある、人としての「恥を知る」感覚がどこか欠落しているようだ。「恥」を失った政治は、やがて信頼を失うほかない。よその県の話ではあるが、その異様さは、有権者である私たちに何ごとかを問いかけているようだ。(熊)




