民は国の本
2025年10月02日
時代の流れなのだろうか。県は勤務時間を柔軟に設定できるフレックスタイム制の試行に乗り出した。来年3月までの期間限定とはいえ、朝7時に出勤して午後3時に帰るもよし、夜10時まで働いて週休3日を確保するもよし。勤務時間を自ら設計できる仕組みは、働きやすい職場環境の実現につながると期待されているという▼誤解がないように付言すると、期待しているのは県当局であって、県民ではない。民間の立場から言えば夢物語である。とりわけ建設現場の声を聞けば、まるで別世界だ。たとえ猛暑であろうとも、工期に追われて体を酷使する職人たちに、時間を選ぶ自由などあろうはずがない▼弊紙9月5日付紙面に、全国建設業協会のアンケート結果が紹介されていた。記事によると、会員企業の4割が「利益が悪化傾向」と答えた。資材高騰に加え工事量そのものが縮小している。人件費が十分に反映されず、下請けにしわ寄せが及ぶ構造は長年の課題だ。働き方改革など口にする余裕もなく、「どう生き残るか」が日々の命題となっている▼「官は強し、民は弱し」。明治の世から使われてきた言葉を思い出す。もちろん、県庁の試行を責めるつもりはない。むしろ時代の要請に応じた一歩だろう。だが、同じ「働く現場」でここまで環境に差があることを、私たちは直視せねばならない。自由な時間を手に入れる官と、酷暑にさらされる民。双方の隔たりを埋めなければ、「働き方改革」の看板は空虚に響くだけだ▼江戸時代、山形・米沢藩主の上杉鷹山は財政難の中にあって「民は国の本」と唱え、役人の慢心を許さず、民の腹を満たすことに力を注いだ。役人は民の見本であり、民心の安定こそが統治の基本であるとわきまえ、藩は生き延びた。昔話にしておくにはあまりにもったいない。(熊)