土俵
2025年08月05日
「『唯一無二』の横綱」。そんな口上を述べて誕生した新横綱・大の里。昭和以降では最速となる初土俵から所要13場所で横綱に昇進し、熱い期待を背に臨んだ名古屋場所だったが、11勝4敗に終わった。「今までとは違う疲労感があった」と振り返る姿に、孤高を背負う者の宿命がにじんだ▼「唯一無二」を意識したわけではなかろうが、「比較第一党」なる聞き慣れない言葉を繰り出しているのが自民党総裁の石破茂首相である。先の参院選では与党過半数割れの大敗を喫した。通常であれば、敗北の責任をとって「退陣」というのが流れのはず。だが、石破氏は党内で沸き起こる「石破おろし」の声を制するように、政権維持の決意を披歴し続けている▼比較第一党。その言葉の空虚さに薄ら寒さを覚える。自民党が下野した民主党政権時代の2010年2月、石破氏は衆院予算委員会でこう述べたことがあった。「権力をもてあそんだ者は必ずその報いを受ける」。いま、その言葉がブーメランとなって石破氏に襲いかかる▼奇妙な現象が起きている。朝日新聞の7月末の世論調査によると、内閣支持率は29%と今年3月以来2度目の30%割れとなった。にもかかわらず、「辞めるべきだ」と答えたのは41%で、「辞める必要はない」と答えた47%を下回った。自民党大敗の要因についても「石破首相個人に問題がある」と答えたのは10%にとどまる。石破氏が強気である理由かもしれない▼東京・永田町では「がんばれ石破」のプラカードが揺れ、SNSでは石破氏への罵声が飛び交う。その熱量は、政策論ではなく、己と意見を異にする者への憎悪である。政治が分断をあおる存在になった中、唯一無二の立場にある石破氏は、国民の声を見定められないまま、政権の土俵に一人立ち尽くしているようだ。(熊)