大分建設新聞

四方山

欲望

2025年05月20日
 「数字にはそれぞれ名前と性格があり、友だちになることができる」。小川洋子さんのベストセラー小説『博士の愛した数式』で、数学者である主人公の「博士」が口にする言葉である。貝殻で「8647」を並べた1枚の写真が米国社会を揺るがせている。「友だち」になるどころか、新たな「分断と対立」の火種となる気配もただよう▼FBI元長官、ジェームズ・コミー氏がインスタグラムに投稿した写真だった。これに、バイデン政権下でコミー氏に「ロシア疑惑」を追及された因縁のあるトランプ大統領のサイドが「暗殺の呼び掛けだ」とかみついた。「86」には米俗語で「排除」などの意味があり、「47」は第47代大統領のトランプ氏を指している、というのがその理由だ。コミー氏は「深い意味はない」と否定した。だが米国土安全保障省は捜査に乗り出し、騒動は現実の脅威となりつつある▼1933年2月、ドイツでは国会議事堂が焼ける事件が起きた。ナチスは「共産主義者による国家転覆の陰謀だ」と決めつけ、国民に恐怖を植えつけた。ヒトラーはただちに「全権委任法」を成立させ、議会を停止し独裁体制に移行した。燃えたのは建物ではない。民主主義そのものが焼け落ちた▼火を放ったのは共産主義者だったのか、今なお論争は続く。だが、重要なのは、政権が「読みたい物語」を事実として固定し、行動に移したことだ。SNS時代を迎え、それがより広範に、巧妙に行われる時代になったのではあるまいか▼数字一つ、比喩一つであっても、語る側の意図よりも読み取る側の「欲望」が先走る。さらには、それを政治が都合よく利用したとき、言葉は真実を越えて武器となる。問われているのは、コミー氏の意図以上に、その投稿に意味を見い出そうとする側の「欲望」ではないか。(熊)
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