巨人の訃報
2024年12月24日
別府市に本社を置くオムロン太陽は、障がいのある人が中心に働く工場として全国的に知られる。創業は1972年。日本初の福祉工場として、その名を歴史に刻む。障がいのある人に「仕事を与える」というのではなく、健常者と対等な立場での就労現場の提供という発想は、いまも新しい▼そんな同社が北九州市の九州工業大との共同で、新発想の転倒防止機能を備えた椅子を開発した。肘掛けとキャスターが連動しており、肘掛けに体重がかかると自動的にキャスターのストッパーが作動するという仕組み。これならば下半身に障がいを持つ人も安心してキャスター付きの椅子を利用できると、早くも注目の的という▼転倒しない椅子。組織のトップにとっては垂涎(すいぜん)の的かもしれない、激動の社会、経済情勢の中、組織のトップにとってその舵取りは並大抵のことではない。任期半ばでその座から転がり落ちることも珍しくはない。ビジネスの世界ではなおさらだ。91年の社長就任以来、読売新聞グループのトップとして、言論界の重鎮として君臨してきた渡辺恒雄さんが亡くなった。享年98▼著名企業の中で、最高齢の企業経営者でもあった。報じられているように、その影響力は政界に広く、深く及んだ。「世の中を思う方向にもっていこうとしても力がなきゃできないんだ。俺には幸か不幸か1000万部ある」(ジャーナリスト、魚住昭氏インタビュー)という言葉に凝縮されているように、権力と一体だった▼東京・大手町の一等地に建つ同社東京本社ビルは、元をたただせば国有地だった。読売だけでない。主要全国紙の本社ビルの多くは旧公用地に建つ。考えれば不思議なことだ。結局、「権力の監視」という新聞の役割は、幻想なのかもしれぬ。巨人の訃報に、ふとそんなことを思った。(熊)