腹を切る
2023年03月07日
NHK大河ドラマ「どうする家康」が面白い。アイドル出身の俳優、松本潤が演じる徳川家康は、天下人となる戦国武将のイメージとは懸け離れた、気弱な青年だ。実際、国際日本文化研究センター名誉教授の笠谷和比古氏の研究によると、家康は危機に直面すると「腹を切る」と口にしたという▼豊臣秀吉と覇を競ったころ、秀吉から「臣下の礼」をとるよう大坂城に招かれた。命の保障はない。止める家臣に家康はこう言った。「われ一人腹を切て、万民を助くべし」。合戦になって人々が苦しむより、自分一人の命で済むならそれでよい、といった意味である。真心のこもった死を賭す覚悟が家康を天下人たらしめたのだろう▼時代はくだって軍国主義の時代、何かあれば「腹を切る」という言葉が飛び交った。例えば、無謀な作戦で知られるビルマ(現ミャンマー)でのインパール作戦を指揮した牟田口廉也陸軍中将。稚拙な計画でおびただしい戦死者を出した。ある時、牟田口は「腹を切る」と副官に声を掛けた▼副官は言い放った。「死ぬと言った人に死んだためしがない。死ぬつもりなら黙って死んでくれ。それほどあなたの責任は重い」。牟田口は照れ笑いを浮かべたという。死ぬ気などなかった。副官に自決を止められたという「免罪符」が欲しかったのだろう▼令和の時代、戦場ではなく国会で「腹切り問答」が勃発した。発端は立憲民主党が入手したという、第2次安倍晋三政権下での総務省の内部文書。当時、同省の大臣だった高市早苗・経済安保担当相は「捏造」と反論。これに立憲の議員が「捏造でなければ議員辞職すべきだ」と迫ると、高市氏は「結構だ」と啖呵をきった。立憲も首を賭けての追及だろう。モリカケ問題のように、役人が詰め腹を…という結末は御免だ。(熊)