大分建設新聞

四方山

新聞記者が減るとき

2023年02月17日
 年を取るとはこういうことをいうのか。以前、書いた原稿を会社に送ると、原稿をチェックする「デスク」から指摘があった。〇〇警察署の署の字が全て暑になっていたという。変換ミスだが、老眼で目を凝らさないと区別がつかない。字を大きく表示するようパソコンの設定を変えたが複雑な心境になった▼もともと目が悪く、眼鏡を外すと世の中全てがボケて見える。一方、眼鏡を外し目を近づければ新聞の小さな字は見える。新聞を読み終え脇に置いた眼鏡を手探りするさまはお笑いの場面のようで、我が事ながらおかしくなる▼老化とは普通にできていたことができなくなる、ある意味「子どもに返ること」かもしれない。活動の場を次の世代に譲る年となり、D・マッカーサーの「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」の言葉が心に刺さる▼1980年代、新聞記者は人気職種だった。記念にと入社試験を受ける学生も多かった。入社後は相手がどんな立場の人でも疑問を投げ掛けることができた。今思うと、よくあれだけ遠慮なく聞けたと冷や汗が出るが、取材を受けていただいた方々の寛容さに助けられた▼約900万部ともいわれた大手新聞社の発行部数が半減し、今、生き残りを懸け「人減らし」が進んでいる。この春も地方で記者を続けた同期や先輩が職を去る。ユーチューバーが人気職業となり、フェイスブックやインスタグラムで個人が情報発信できる時代になったが不安は募る▼水俣病を世に知らしめるのに新聞の力は大きかったと思う。この10年ほどを見ても、国の機関統計不正、モリカケ問題、手抜き除染…、あぶり出した問題はきりがない。新聞記者が減って喜ぶのは誰だろう。現場から「第一報」を伝える役割はいつの時代も変わらない。今、社会を見守る目が緩もうとしている。(秀)
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