大分建設新聞

四方山

両親への感謝

2022年12月19日
 先日、誕生日を迎えた。妻からのプレゼントの習慣は無いが、今年は「元気で誕生日を迎えられて良かったな」と言われた。確かに、いよいよ両親が亡くなった歳を迎える▼母より父は3歳年上だったが、亡くなった歳は同じで2人とも64歳だった。そして最後の病院も偶然同じだった。母がその病院に転院したと聞いた日、私は夫婦ってすごいなと思った。なぜなら、母と父の結婚生活はそう長くはなく私が10歳を過ぎた頃までだったからだ▼両親は昭和30年代の宇佐郡長洲町の下町でクラブ「リスボン」を営み、商売に長けていた母は自宅の隣に2階建てのビルを建て、1階にはスナック「白鳥」を開き、2階は従業員の住まいを設け、屋上では夏にビアガーデンをした。店は母の頑張りで繁盛していたようだが、杵築で祖父母と暮らしていた私たちにその利益は届かず、貧しい暮らしだった▼やがて両親は離婚し、母は財産を置いて豊前市に離れて住んだ。離婚した時に母から詫びられたことは今でも忘れない。片親だと銀行など堅い職には就けないかもしれない、すまない。そして、出来ればお上の世話にはなりたくないから、貧乏に耐えて欲しいと言われた。元々両親と暮らしていないし、貧しかったので、生活は何も変わらなかった▼今年は、三宅一生、石原慎太郎、アントニオ猪木、村田兆治、オリビアニュートンジョン、藤子不二雄A、高橋国光をはじめ人生に影響を与えた多くの有名人が亡くなった。自分に影響を与えた人が亡くなると思いが募るものだが、身近な人には生きている間に感謝の気持ちを伝えることが大切だ。私は、一緒に暮らせなかった両親を恨んだことはなく、むしろ、この世に生かしてくれたことに感謝しているが、それを伝えられなかったことを今になって後悔している。(リュウ)
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