大分建設新聞

四方山

弔辞

2022年11月01日
 目の前で〝奇跡〟の物語が進行しているような感覚を覚えた。10月29日に国立競技場で開催されたラグビーの日本代表―ニュージーランド代表の一戦である。畏敬を込めて「オールブラックス」と呼ばれるニュージーランドといえば、ワールドカップで三度の優勝経験を誇る強豪チームである。大差でのボロ負け続きだった日本が、敗れたとはいえ7点差まで追い込んだ▼よく鍛えられた日本の選手たち。流した汗の量を思う。「努力は運を支配する」と言ったのは、選手、日本代表監督として、ラグビー界をけん引した宿沢広朗さんである。2006年、55歳の若さで夭逝したが、異能のラガーマンだった。監督ともなれば専従というのがほとんどだが、本職である三井住友銀行員との「二足のわらじ」をはきつづけた▼バンカーとしても一流で、将来を嘱望されていた。当時の頭取は宿沢さんの遺影にこう語りかけた。「宿沢広朗という楕円球は今、着地の瞬間に大きく不規則バウンドして消えてしまい、そこでノーサイドの笛が吹かれてしまいました」。記憶に残る弔辞として、いまも語り継がれる▼弔辞にはむき出しの感情が宿る。であればこそ、時に人々の心に響くのであろう。野田佳彦元首相が衆院本会議で、凶弾に倒れた安倍晋三元首相への追悼演説を行った。激しい論戦の思い出話に注目が集まったが「謝らなければならないことがある」と、言い置いて述べた言葉も印象的だった▼安倍氏の体調を皮肉る演説をしたと明かし「身体的な特徴や病を抱えている苦しさを揶揄することは許されません。(略)謝罪の機会を持てぬまま、時が過ぎていったのは、永遠の後悔です」。弔辞は「最後の私信」でもある。だが語り掛けたい相手はこの世にいない。けれどもその真心は天上に届いたであろう。(熊)
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