大分建設新聞

四方山

さようなら

2022年06月16日
 JR日豊本線臼杵駅を過ぎると左手に見えていた海はいつの間にか消え、険しい山間の地に入る。いくつかのトンネルを抜け景色が開けると、たどり着くのが津久見駅。あの甘くもの悲しいメロディーが迎えてくれる。「なごり雪」。地元出身のシンガーソングライター、伊勢正三さんの作品だ▼発表から半世紀近くがたつのに、歌い継がれている。旅立ちの歌であり、別れの歌であるのがミソなのかもしれない。中でも「君の口びるが/『さようなら』と動くことがこわくて/下を向いていた」の一節は「さようなら」という日本語の語感の美しさとともに、別れの切なさが胸に迫る▼「さようなら」とは不思議な言葉である。英語圏の別れの言葉は「good-bye」あるいは「see you-again」で、前者は「神の加護がありますように」、後者は「また会いましょう」といった意味である。ともに再会することを前提にしている。けれども、日本語の「さようなら」は違う。「左様ならば」が語源とされ「そうであるならば仕方がない」といったニュアンスが込められている▼そこには再び相まみえる意味合いはない。漂うのは諦観であり「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(『方丈記』)の一文に凝縮されている無常観であろう。なるほど「なごり雪」の「さようなら」も永別の言葉である。どこか哀切を漂わせる語感のゆえんかもしれない▼福岡県内で2020年に5歳の三男を餓死させた虐待事件。裁判員裁判で、罪に問われた母親の証言から三男の最期の別れの言葉が明らかになった。「ママ、ごめんね」だったという。数時間後、息を引き取った。やりきれない。「ごめんね」と言わなくてはならないのは、君を救えなかった私たち大人だ。「ごめんね、翔士郎くん」。(熊)
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